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1話-2 偽の花嫁。

last update Last Updated: 2025-09-25 19:29:05

* * *

翌日の朝、シルヴィアは、はっと目を覚ました。

いけない、いつの間にか眠っていたよう。

ふと、シルヴィアは手に目線を落とす。

すると、抱きしめていた髪飾りがなくなっていた。

(髪飾りがない、一体どこに……)

必死に探すが見つからない。

すると騒がしかったのか、「お姉さま、ちょっとよろしいかしら?」とリリアが廊下から部屋に入ってきた。

「まあ、この部屋、なんて散らかってるの! お姉さま、何をお探しになられているの?」

「か、髪、飾りを……」

リリアは思い出したかのように両手を合わせる。

「ああ、それならさっき商人が家に訪ねてきて、お母さまがお売りになられたわ」

リリアの言葉に、シルヴィアは凍りついた。

「お母さまに渡して正解だったわ。あんな古びたゴミでも、民のための資金になったのだから。お姉さま、よかったわね」

「どう、して、そんな……」

「だって、私こそが本物の聖姫なんだもの」

リリアは公言すると、部屋から出ていき、扉を閉めた。

彼女は継母に甘やかされ、いつもそう言い聞かされていることから、自分より優れていることを主張する。

けれど、リリアの聖姫の力を見たことは一度もない。

だからなんだというのだ。髪飾りが売られてしまった事実は変わらない。

シルヴィアの胸がきゅっと締め付けられる。

あの髪飾りは、母が亡くなった後に、「シルヴィア、お前が持っていなさい」と父から唯一託されたものだった。

それゆえ、両親からの愛を感じられたものでもあったのに────。

* * *

そして時間だけが過ぎ、午後。継母とリリアが民の元へと出掛け、シルヴィアは薬草摘みに出るが、気が重く、家から少し離れた森の太い木の前で一人震えながらうずくまる。

するとそこへ、金髪の青年が近づいて来た。

肩ぐらいまでの長さの髪をしたこの青年の名は、フィオン・ライトナー。

シルヴィアにとって2つ年上の幼馴染であり、兄のような存在だ。

そして何より、彼はいつも密かに薬草集めを手伝ってくれる心強い味方でもある。

「シルヴィア、どうしたんだ?」

フィオンの心配そうな声に、シルヴィアは髪飾りのことを涙を堪えながら話す。

「自分がうっかり部屋で眠ってしまったせいで、隠してあったお母さまの唯一の形見の髪飾りをリリアが継母に渡してしまい、売られてしまったの……」

「そうか……大丈夫だよ。僕がついているからね」

フィオンは温かな声で言うと、一輪の美しい黄色の花をそっと手渡してくれた。それはまるでお守りのようだった。

その後、フィオンが優しくシルヴィアの頭を撫で続けてくれたことで気持ちが落ち着くと、シルヴィアはふとフィオンの顔がすぐ近くにあることに気づく。

お互い少し気まずくなりながらも、2人で薬草を集め始めた。

やがて必要な薬草をすべて集め終えると、フィオンはシルヴィアをおんぶして歩き出す。

「フィオン、一人で帰れる」

「途中までだから」

フィオンはいつも優しく、温かい。

自分が落ち込んでいるとき、森に咲く美しい花を贈ってくれる。

いつでもそばで支えてくれる、今でも唯一自分の味方でいてくれる。

(もう二度と大切なものを奪わせない)

シルヴィアは決意し、この絆が、関係がずっと続くことを願った。

けれど数日後のこと。

シルヴィアはいつものように森の薬草が生える場所へ向かうと、そこでフィオンの姿を見かけた。

「フィオ……」

声をかけ、その場所に足を踏み入れようとする。

しかし、リリアが突然現れ、行く手を阻んだ。

「お姉さま、ご覧になって! とっても素敵な花束でしょう?」

「彼がくれたのよ」

いるはずのないリリアがこの場にいる。

嫌な予感がシルヴィアの胸を締め付けた。

「フィオンはもう、私の護衛なのよ、お姉さま」

リリアの言葉にフィオンの目が揺れ、唇が震える。

(もしかしたら…………)

シルヴィアの目に仄かな光が灯る。

だが、フィオンは冷たい顔をし、無言で後ろに下がった。

フィオンは否定してくれるのではないか。

リリアが手に持つ美しい黄色の花束は自分を励ますために用意されたものだったのではないか――そんな淡い考えが一瞬頭をよぎり、自分が恥ずかしくなった。

ロレンス家の圧力とライトナー家の金銭的理由により、フィオンがリリアの護衛となった事実は明白だというのに。

リリアの花束から黄色の花びらがひらりと舞い落ちる。

いつも自由に足を踏み入れられたこの場に、まるで境界線が引かれたよう。

その境界線を越えることが出来ず、シルヴィアの心は静かに砕けた。

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